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zoom RSS The sky clowner

<<   作成日時 : 2008/08/08 00:55   >>

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ピエロとは道化師と同じような意味にとられていますが、本来道化師のことはクラウンといいます。スペルはCLOWN。王冠のクラウン(CROWN)とは違います。ピエロはそのクラウンの一つである「悲しみを表現した道化師」のことをいいます。

クラウンという道化師の名が登場したのは18世紀といわれています。イギリスのサーカスの中で「おどけ役」を演じていた役者が自らのことを「クラウン」と名乗ったのが始まりだとされています。意味は田舎もの、のろま、ばか、おどけ者、おどける,ふざけるなどの言葉のようです。

1770年ころのイギリスではサーカスの前身ともいえる円形の劇場での乗馬を基本とした曲馬ショーに庶民の人気が集まっていました。劇場では曲馬だけでなく、アクロバットや綱渡りを織り込んだ、総合的なエンターテイメントに発展し近代サーカスの発祥となったのです。

サーカスでの一つ一つの演技は大きく進化していきましたが、開催者側での悩みの種はその芸をどう繋いでいくかということにありました。そこで登場したのが道化師です。豪快で圧巻な曲馬ショーのあとに道化役者を雇い、下手な曲乗りのパロディを演じさせたのです。笑いと馬鹿な演技は大喝采。以来クラウンはサーカスに定着し、なくてはならない存在となりました。

クラウンの中でも「ピエロ」はフランスの喜劇芝居の中には必ず登場した「おどけ役」のうちのひとつで、「馬鹿にされるひと」といわれるものです。イタリアに近い地方ではアルルカン、トレッキーなどいう名でも呼ばれていたようです。

ピエロは「馬鹿にされる」のが仕事ですから喜んで馬鹿にされます。しかしそんな彼もやっぱり人に愛されたい。そんな悲しみを表したのが顔に描かれた一粒の「涙」です。涙が描かれた道化師はピエロ。彼を見かけたらちょっと声をかけてあげてください。きっと喜んであなたの心を癒してくれることでしょう。


http://tamagoya.ne.jp/potechi/2003/20031103.htm 

表題は「The sky clawlers」のもじりです。ごきげんよう。

昔、ピエロの涙は悲しみだということをきいたことがあったようななかったような思い出がありますが、どちらにしろ、昔からクラウンは好きでした。今の自分のキャラクターもクラウンが原点にあります。あ、天京院鼎とか杏里・アンリエットとかは別としてですよ?あれらも絶大なる影響を与えましたが。

桑田佳祐の
「どん底のブルース」

嗚呼、人生なんてSHOWだ

という一節があります。
訳のわからぬまま劇場の舞台に上らされたひと、と言うことですね。

顧問に、「君は主人公になりたがる傾向がある」と叱責されました。
それは当然です。SHOWで目立とうとして何が悪いのですか?いや、悪いのですが。

思えば部活(というより集団)における最上級生、でもヒラという立場は、実はこの十数年間の中で初めての経験かも知れません。

十で神童 十五で才子 二十過ぎれば只の人

という諺がありますが、この例に漏れず、現在十五と二十の間を走る自分はどんどんとただの人に漸近しているわけです。

そういうこともあり(直接的な理由は別なのだけれど、結局はここに行き着く)、責任ある立場を回避しました。というより、人から任せられるほどの力がありませんでした。

自分の能力がわかってきてしまう以上、自分の「役不足」「力不足」はだいたいわかってきてしまいますね。

かといって、あまりに何もしないのは、嫌われるわけですが・・・。今この状況。

一歩身を退いて、俯瞰的立場から眺めることにした=脇役になろうとしたけれど、部活という舞台からは追い出されそうです。
なぜなら、主役より目立ってしまうから。むしろ、主役より(主役並みに)目立とうとするから、と言ったほうが正確ですが。

それは、「他人任せ」でもあり「他人への信頼」でもあります。
人をとりまとめることに対して、初めて人に任せたのかも知れません。自分でやらずに、自分が誰かにとりまとめてもらうところを想像すると、上に立つ人は苦労しそうです・・・。


まぁ、実際、目指すところが「クラウンのホワイトフェイス」である以上、責任なんて皆無なのですけれどね。
そして、現実にはクラウンはクラウンでもオウグストになっている、と。責任がないところは同じとしても、
やることなすことまるでダメのトラブルメーカ。
劇場の舞台の上なら愛すべきキャラ・・・でも現実世界じゃ厄介極まりない。いや、あばたもえくぼ、かわいければそれも「ドジっ子属性」として受けるかも知れませんが、残念ながら、自分はかわいくなんかない(笑)。

結局、同じ“舞台”のはずなのに、こうも扱いが違うのというのは、現実世界と、劇場世界が想像以上に乖離している、というより、(ドジっこが現れるような舞台を見に行く人は)劇場世界を非現実として見たくなる、某浦安リゾート的な「ワンダーランド」を嗜好して観に行くのですから、無理もない話ですね。

あぁ、やっぱり「ホワイトフェイス」がいいなぁ!

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