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zoom RSS 平田オリザ 「転校生」 観劇感想 〜ここではない、でも、とても近い世界〜

<<   作成日時 : 2009/03/29 01:55   >>

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池袋芸術劇場中ホールにて観劇。
残り数日のみ適用される「高校生料金」1000円にて。うまうま。

以下、ネタバレ有りで。







この舞台の全ては、タイトルコールに凝縮されている。

<転校生>



<転  生>



<   生>


これが全て。


公開されているあらすじなんてまるで使えない。


まさか、突然転校してくる女子高生「岡本さん」が老婆だとは思ってもいなかった。
老婆、といっても初老くらいの若さだが。


最初は明らかに浮いていた彼女も、徐々に、そして最後は急激に、クラスの中へととけ込んでいく。


「生きる、って不条理だよね」
「不条理って?」
「(的確な説明)」
「それ、自分で考えたの?」
「いや、家庭教師のお兄さんに」

生きることを、的確に捉えられる高校生なんて、いない。いや、今まで生物にそれを捕らえたものは存在しない。存在を語るには「非存在」を語る以外にはない。つまり、「死ぬ」ことを経験しなければ、「生きる」ことを捉えることは不可能だ。


「どうして、カフカのサムザは虫になっちゃうの?」
「そういうはなしだから」
「どうして?」
「それが不条理」



「あなたの言いたいことは、『どうして』はHowじゃなくて、Why、ということなのよね」
「どうして子供は生まれてくるの?How、それならわかる。習うもの。でも、Why?子供は、何も知らずに生まれてくる・・・・・・」



突然、一人の女の子が誰もいなくなった教室から飛び降りる。その衝撃、音、ふるえる空気。


でも、何事もなかったかのように、物語は進む。いや、進まなければならないのだ。


「あれ、これユミの携帯じゃない?ユミー?どこ行ったのかな・・・・・・まぁ、いいや」

この瞬間、"岡本さん"はクラスになじんでいた。僕には、あの飛び降りが境界線に思えた。

飛び降りる瞬間、2階席に立つクラスメートたちが、あろうことか「ハッピーバースデー」を歌う。

「ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデーディア・・・・・・フフフッ、ハッピーバースデートゥーユー♪」
このリフレイン。


終わった後、僕は席から立ち上がれなかった。そして、今目の前で起こったことを、ゆっくりと考えた。
答えは、浮かんできた。

「転校生」


そう、これに、収斂するのだ。


きっと、あの世界は、いわば「中陰」の世界、入口と出口があって、その世界での「死」は別の世界での「生」を意味する。
だから「ハッピーバースデー」である。

生きることになんて意味はない、でも、死ぬことにだって意味はない。
ただ、その繰り返し。
でも、それを祝ったり、弔ったり、そうして、「意味」の虚構を構築していく。



「ユミ」は、新たな世界へ旅立ったのだろうか。そうであって欲しいと思う。
新たな世界への「転生」であり「転校生」であり、新たな「生」であると思うから。


長いことそんなことを考えていたら、周りにはほとんど誰もいなくなってしまっていた。
ホールを出ると、役者がいた。
彼女らは、ほとんど全員が現役の女子高生である。
僕と2つも変わらない女の子たちが、あんな演技をして、あんな台詞をしゃべって、でも、こんなにも近い存在。
なんなのだろう。わからない。


劇中、何度も繰り返される日常シーン、僕も、あれに似た、しかしてなにかが全く違う空間に今までいたのだ。
僕は、その日常シーンに嫌悪感を抱かずにはいられなかった。僕もいたはずなのに、その会話は「ノイズ」にしか聞こえない。
劇を終え、家族や友人と思しき人たちと談笑する彼女らは、全く、僕の思う「女子高生」だった。

どちらかと言えば、劇中の方が現実には近いのかも知れない。が、「平田オリザ」よりも、僕の方が彼女らのことを知らないというのもなんだか納得がいかない。あんなに文学趣味にはしった会話が繰り返されることはあり得ない。


不条理劇。そう一言では言い切れない「なにか」が潜む。それが「不条理劇」なのだと言われれば、その通りなのだろう。

なんとも、重い作品である。



「・・・・・・私、明日もここへ、この学校へ、この教室へ、この椅子へ、来られるのかしら」

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平田オリザ『転校生』感想
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教養の先を求めて
2009/06/25 09:30

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