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zoom RSS 幸か不幸か、自分は絵が描けないのだ〜賢人のオタク論を噛みしめる〜

<<   作成日時 : 2008/09/07 23:33   >>

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今日で夏休みも終わります。
ダルマオタチ氏に宿題のことを質問したら、「おまえの宿題なんか終わらなければいいのにw」と言われたので、終えずに夏休みを先に終えようと思います。
一応、本は借りてきて、もう機械的な打ち込み作業という段階なので、今から始めればすぐに終わるとは思うのですが、「終わらなければいいのにw」らしいので、じゃぁ、終わらせません

さて、表題のお話しですが。昔、同じことを書いたような気分がするのですが、まぁ、その時とは考え方も変わっているでしょうし

自分は、絵が絶望的に下手です。物事をそのままスケッチする、と言うことが出来ません。
人物描写にしても、風景描写にしても、何から始めていいのか、わからない。
美術の先生に、下書きを描いてもらっても、そこに、どうやって手をつけていいのか、わからない。
わかっていても、技術的に、出来ない。

かつて、有名なマンガのコマだけをトレースして一つの短編を作り上げ、少年誌の賞を受賞したものがありました。
自分は、そのトレースした人、(ここではあえて作者と呼びたい)の気持ちが何となくわかります。


もともと、オタクであることは、その人の趣味の領域でした。
私はSFが好きだ。アニメが好きだ。変人変態呼ばわりされても、悪いことをしているわけじゃない。同好の志と交わり、人生を豊かに生きよう。そしてできれば、好きな分野で認められたい。SF作家になろう。アニメ作家になろう。

昔、不本意ながら「オタク」呼ばわりされてしまった人々は、そんなココロザシをもっていたと思います。
オタクは、より良く生きるための手段の一部だった。
自分はSFやアニメが好きなだけ。オタクというレッテルを貼られるのは嫌いだ。
いつかSFやアニメで自己表現するんだ!

そんな元気を感じられる人が、結構おられたように記憶しています。

しかしある時期から、オタクは決定的に変質していきます。
21世紀になってまもなく。
ニッポンのお役所が「コンテンツ産業」なる魔法の呪文で、オタクたちをもてはやし始めた頃からです。
いわくジャパニメーション。ニッポンのアニメやマンガやゲームは国際的に有望な利権分野である。国をあげてテコ入れするから、集まれオタクたち。きみたちが21世紀の最先端の消費者なんだ!

すっかり乗せられてしまったオタクたち。
なにしろ消費者は神様です。
オレサマたちが、ニッポンの先端文化を担っているのだ。
萌へよオタクたち! オレたちは偉いんだ! 永年待ち望んだオタクの天下がやってきたのだ。
このときすでにオタクの主要年齢層はおそらく40代になりかけだったでしょう。
オタクはいい年をしたオトナばかり。
すなわち票田。ということで、オタクに媚を売る議員さんまで現れたとか。

そんなことで、すっかり舞い上がって、気分はデスラーかギレン・ザビ。
みんな総統気取りになってしまった……のではありませんか?

おりしも、おたっきーなアニメイラストなんかが、超高額で美術館へ買い取られたり、展覧会が開かれたりで、オタクの権威はウナギ登り。

オタクはニッポン文化をリードする。
オタクは偉い!

これがいけなかった。
この慢心と蒙昧が。

このときオタクたちは思ったのです。
おれたちは一生、オタクでよいのだと。終身オタクでよいのだ。
オタクこそが絶頂の人生。永遠の快楽ではないか。
ならば人生の目的は、ナンバーワンのオタクになること。

自分の仕事も家庭も、オタク人生をレベルアップする目的の前には霞んでしまいます。

そう、これこそ、本来“手段”であったオタクの目的化。
哀れオタク。ここに底無しの落し穴が口を開いていたのでありました。

内職作家:秋山完氏のHP<20080503●雑感『オタクは終わった』>より引用、強調は引用者


この思いは、かねてから思っていました。
かつて、はちまさ師と話したことがあったのですが、「結局、自分たちは上部階層へのシフトをしなければならないよね」とお互い認識していました。
オタクであることが目的ではなく、手段であって、表現のベースに過ぎないと言うことです。
これは、映画監督、押井守の実写とアニメに対する意識に共通するところがあって、
「アニメでしかできないことがある」
という押井監督の見解と同様に「自分の好きなジャンル(例えば、アニメや舞台)でしか表現できないことがある」
からこそ、そのジャンルにとりつかれるのです。


そして、そのトレース漫画の作者も、きっと同じような思いだったのでしょう。
彼もまた、絵が描けない、オタクだったのだろうと思っています。
「消費者」から「生産者」への上部シフトを目論んだ結果が、あのトレース漫画だったのだ、と思っています。
はちまさ師もかかれているように、模倣はれっきとした芸術です(“オマージュ”などという曖昧な表現で原作を劣化させるような作品であったとしても、それはそれで一つの芸術です。個人的には好きではありませんが)。
ただ、絵も描けないのに漫画という舞台で自己表現するのは、たいへん難しいと思います。
「脱オタク」をするためには「オタク的」技術(今回の場合は描画力)を身につけなければならない。なんたる矛盾でしょうか。

よく、「ヌルオタ」という表現をされることがある、消費活動のみで生産活動を行わず、それほどディープに関わらないオタクがオタクの中でも圧倒的多数を占めるようになりました。有り体に言えば「素人でも秋葉原を歩けるようになった」とでも言えばいいのでしょうか。

「萌えオタ」が悪いとは言いません。彼らがいないことにはコンテンツとして成り立っていけないのは事実です。自分もかつてそうだったわけですし。
ただ、オタク系哲学者の東浩紀も「動物化するポストモダン」で述べているように「萌えは、そこに記号的組み合わせの「萌え」があるだけで、過去もなければ未来もない」のです。

トレース漫画の作者が、そのことに気がついたとき、生産者へのシフトを目論んだことでしょう。
彼は、不幸にも賢く、「トレース」という技法を思いつき、つぎはぎによって一つの作品を作り上げるという「暴挙」ともとれる行為に出たのです。

自分は、彼を責めることは出来ませんし、むしろ、世の中にいっぱいいる「消費者」でしかない「ヌルオタ」よりも優れた方であるとさえ思っています。
かといって、自分が同じことをするかと言えば、しないでしょう。

その結果として、自分は「描く」ではなく「書く」ことにしたのです。
文才があるかといえば、ありません。文章を書くには、読書量がいかんせん不足しているのです。
作家:高野和明氏は「1冊の本を書くためには1万冊の読書が必要」と述べました。

自分が今までに読んだ本は、果して500冊を超えているかどうか、と言ったところではないでしょうか。
もちろん、新聞やインターネット上の様々な文章を含めれば、もう少し多いとは思いますが。


オタクといわれる自分がオタクをやめるためにはどうしたらよいのか?
それは、消費主体からの脱却だと思っています。

そう、いわゆる「ダメ人間街道」を進まなければならないのです。
ここに「絵が描けないことは幸か不幸か?」ということが生まれるのです。

消費主体からの脱却をして、自らが再生産の媒介となりたい
が、絵が描けないから、文章を書く。
でも、自分の文章が拙いことを承知しているから、発表はしない。
→と言うことは、消費主体のままだよね?

絵が描ければ、再生産をしているかも知れません。
が、それは同時に世の中からの遊離を意味するわけで、果して、それはいいのかな、とも。

今やりたいことは、数ある先人たちの「名文」にふれることです。
これが、結果として再生産の開始=ダメ人間街道への入口となるのではないのでしょうか・・・
これを、肯定するか、否定するかはこれからの自分次第でしょう。
どちらにせよ、再生産する意志がない分野からは、潔く撤退しようと思っています。

それが、「オタク」をやめること、だと思っています。


>>カギ本さま
いつもご覧になっておられるのですか!?もったいないお言葉です。自分が書き散らす、上のような駄文を読むなんて、時間の無駄にはなってはいまいかとこちらが心配になってしまいます・・・。
>>オンラインで、それもブロガーという希薄なつながりであなたを知り、アタック25に出るということを知りました。
カギ本さまも本館で書いていらっしゃる
>>インターネットは遠隔地の見ず知らずの人間とのネットワーク構築に役立つツールである
ということがまさしく当てはまることだと思います。
SNSでは、全くの見ず知らずの人が共通する友人を持つことなく出会うことはありませんから。
閉鎖的なコミュニティで、しかも普段顔を合わせているような人たちに向けて、メッセージを発信するのが面白いのかな?と思ってしまいます。
不特定多数の人が見るからこそ、面白いのがインターネットというもの、だと自分も思います。

今回、改めてインターネットのよさ、おもしろさを認識できました。また、いらして下さい。コメント等いただければ幸いです。

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
>宿題終わらなければいいのに
おいおい、その前後が無いから俺がめちゃめちゃ悪い人みたいに聞こえるじゃないかw

情報っていうのは切り取り方によって自由自在にできるということを再認識した次第。
ダルマオタチ
URL
2008/09/08 20:34

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