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zoom RSS 復活の兆しは遠く・・・もない?

<<   作成日時 : 2008/09/24 23:44   >>

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足です。足の話です。
心のことについては聴かないで下さい。いわゆる自己の獲得の時期なのでしょう。って遅くね?むしろ痛々しくね?
まぁ、疲れているのです。疲れていると、変なことも言ってしまいますね。残念です。

Tasuki Rose 氏によれば、日暮里にある某K高校の高校生クイズ準優勝チームの方々はサイン会を学校祭でやられていたのだとか。
あぁ、すごいですね。というか、ちゃんと学内で尊敬や羨望の眼差しを浴びているのですね。
別に尊敬光線が欲しいわけでもないですし、自分に対してそういった視線がないのは構わないのです。
むしろ、自分自身が尊敬されるような人格をしていないのが問題だ(笑)。

あくまでも、クラウンなんですね。残念ながら。残念でもないか。

今日、ちょうど、キャプテンにその話を振られました。
彼の意図は正直つかみかねるところですが(ブログ、読んでいてくれたからなのかな?なら、とてもうれしいのだけれど)、迷惑ばかりかけてごめんなさい。それだけです。

どうも、ここ最近は他人からの態度が変わること、特に話し方の変化を感じることが多いです。
普通、話し方は長期的なスパンでしか変化しません(本でも読めば別ですが)から、鈍い自分でも気づくような変化と言うことは、相手側で自分に対する評価というものが著しく変わったからなのでしょう。


基本的に、自分の評価は2度目にお会いしたくらいが最高で、そこからは逓減していきます。
根が腐っているので、仕方有りません。
それで、致命的なミスなどを露呈した時点で、またがくっと落ちるのです。
このミスの時に、話し方が変化していると考えています。


なんというか、話し方の対象とする年齢が、落ちている気がするのですね。
最初は、まぁ、敬語などを用いて、相手を敬うようにして話しますよね。
それで、なじんできたら、常態文に変化する、と。
その時に、なかなか荒っぽい口調というものになりますよね。メリハリの利いた、と言った方がいいでしょうか。
でも、子供に対して話す時って、優しい声で、抑揚をおさえて話しませんか?

今、自分はそんな話しかけられ方をしている、という印象があります。被害妄想?



高校に入った頃はこんなに感情的な物言いはしませんでした。
中学時代は、論理だけで物事を並べ立てて疎まれるくらいでしたし。
なにしろ、コミュニケーション部(=ディベート部)でしたから。

論理だけで人間が動いてくれないと本当に実感したのは体育会系の部活に入ったときでしょう。
そして、このソサエティのレベルの高さ。これが非常に難しい。
周りはみな自分よりも頭がいい、そんな中で会話を展開していくことは非常に難しい。
やっぱり、行き着く先は落語でいえば「八っつぁん」、なんですね。粗忽者の典型。


ま、ようやく過剰な他人からの評価インフレが落ち着いてきてくれた、で、それに自己評価も見合ってこないといけない、という段階ですか。

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